敬老の日に生まれる世代間コミュニケーションの意義

敬老の日というのは、いつから誰が日本国に制定したのでしょうか。1つの説としては、1947年(昭和22年)9月15日に、兵庫県多可郡野間谷村で、当時の村長主催にて「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」という趣旨から開かれた「としよりかい」が起源とされています。

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敬老の日とは、そもそもの起源からずっと今日に至るまで「若い世代が年配者の知恵をお借りしてより良い未来を創造していく」という、とても大切な世代間コミュニケーションとしてこれまで村やまちの若年層と年配の男女との懸け橋になりつづけてきたのでした。

さて、「老人」という年齢が非常にあいまいになり、個人差はあれども兵庫県多可郡野間谷村で当初開催されていた当時に「年寄り」と認識されて若年層に知恵を授けていたのは55歳でしたが、現在シニアや高齢者と呼ばれて認識されているのは少なくとも60代後半から70歳以上の後期高齢者でしょう。



それでもその人たちと現代の若者、つまり、10代のティーンエイジャーから現役で働く50代の若年から中年世代までが学べることは野間谷村の村社会に通じているのは間違いありません。
つまりどれだけコンピュータやインターネットが「村社会」に取り入れられた現在でも、日本人としての基本的な道徳のあり方や暮らしの知恵、そして何が起こっても、たとえ戦争が起こっても「生きていくんだ。


生き抜くんだぞ」という、「生きる覚悟」の根性は、実際にそれらを生き抜いてきた尊敬すべき老人達に、敬老の日に学ばなければどこでも知ることができない人間の叡智です。



そんなわけで敬老の日は、古き好き日つまり、農作業の暦の上では農閑期に当たりさらに、気候も良く秋晴れの青空の下でお年寄りを囲んで車座になってお互いに慰労することこそが大切な世代間コミュニケーションとなるのです。